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横浜地方裁判所 昭和31年(ワ)845号 判決

原告 二葉林業株式会社

被告 岩淵運吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し、別紙目録記載の土地につき横浜地方法務局磯子出張所昭和三十一年七月二十四日受付第三五七六号を以てなされた所有権移転請求権保全の仮登記の本登記として所有権移転登記手続をし、かつ、同目録記載の建物を収去して右土地の明渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに建物収去土地明渡の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因としてつぎのとおり述べた。

別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は以前被告の所有であつたが、以下述べるような代物弁済によつて原告の所有になつた。原告は木材業者であるところ、昭和三十一年四月製材業者である訴外磯全亮及び被告との間に磯及び被告が原告に木材を木材市場でせり売することを委託する趣旨の委託販売契約を締結したが、それとともに、原告は磯及び被告に対し、その原木購入資金として金百万円を、右委託販売によつて得た売却代金を以て弁済に充当する方法により返済する約定で貸しつけた。その後磯からの送材がはかばかしくなく、また、追加貸付もしたので昭和三十一年七月二十三日当時の貸金残額が百二万千五百四十四円になつた。そこで同日原告と被告とは右貸金債権を被告単独の一口の債務とし、利息を日歩二銭六厘返済期を同年八月十五日とする一種の準消費貸借契約を締結した。而して、その際、被告は右債務の担保として本件土地に抵当権を設定し、かつ、その被担保債務を返済期に返済しないときは原告の予約完結の意思表示により本件土地の所有権を原告に移転する趣旨の代物弁済の予約を締結し、翌二十四日横浜地方法務局磯子出張所において、右抵当権設定登記とともに代物弁済に関し受付第三五七六号を以て所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。然るに被告は右貸金を返済期が過ぎても返済しないので、原告は本件訴状を以て代物弁済予約完結の意思表示を発し、訴状は昭和三十一年九月十八日被告に送達された。それによつて同日原告は本件土地の所有権を取得したのである。然るに、被告は本件土地上に別紙目録記載の建物を所有して本件土地を占有し、原告の所有権を侵害している。

よつて、原告は被告に対し本件土地につき前記所有権移転請求権保全の仮登記の本登記としての所有権移転登記手続を求め、また、前記建物を収去して本件土地を明渡すべきことを求める。

而して、被告の抗弁に対し、つぎのとおり述べた。

(1)  被告主張の抗弁(1) の事実はこれを否認する。

(2)  被告主張の抗弁(2) の事実中、被告主張の頃原告が磯から送付を受けた木材をせり売し、その売上金中合計三十七万四千二百八十円を債務の弁済に充当したことは争わないが、その余の点はいずれも否認する。右売上金はつぎに述べるように本件抵当権の被担保債務の弁済に充当されたのではない。原告は磯及び被告に対し、昭和三十一年六月十九日、宮崎県下の小林営林署で公売することになつていた原木を落札するための資金を融通する趣旨で額面合計百万円の約束手形三通(額面三十万円のもの二通、同四十万円のもの一通)を磯を受取人として振出した。然るに磯はこの原木の公売に参加しなかつたので右手形を全部原告に返還すべきであるのに額面四十万円のもの一通はこれを返還したが他の二通を返還しなかつた。それにつき、被告は本件代物弁済の予約をした七月二十三日頃、原告に対して、同年八月十五日迄に右二通の約束手形を取戻して原告に返還するか、磯をして原告宛に木材を送付せしめ、その売上金を以て解決するかいずれかの処置をとるべきことを約したのである。然るに、八月十五日が過ぎても二通の約束手形は原告に返還されず、磯から木材が送付されてきたのであるから、その売上金中の三十七万四千二百八十円は当然右約束手形の解決に回されるべきものであつて抵当権の被担保債権の弁済に充当されるべき筋合のものでない。のみならず、仮に右売上金が抵当権の被担保債権の一部弁済に充当され、その一部が消滅したとしても、それによつて代物弁済予約完結権が発生しないことに確定しまたは消滅する筈がないからいずれにしてもこの点の被告の主張は失当である。

(3)  被告主張の抗弁(3) の事実中、本件土地及び別紙目録記載の建物が昭和三十一年七月二十三日当時被告の所有に属していたことはこれを認めるがその余の点は否認する。法律上の意見はこれを争う。

証拠として、甲第一乃至第八号証及び同第九号証の一乃至三を提出し、証人小沢和雄、染谷栄久及び島本周吉の各証言並びに原告代表者及び被告本人各尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。被告主張の事実中、昭和三十一年四月原告と磯全亮及び被告との間に締結された金員の授受に関する契約が原告主張のごとき消費貸借であること、同年七月二十三日原告と被告との間に締結された契約が、被告が単独で債務を負担弁済する趣旨であること及び代物弁済予約完結の意思表示により本件土地の所有権が原告に移転したこと等の点は否認し、その余の点はいずれもこれを認める。昭和三十一年四月磯が原告から交付を受けた金百万円は原告が木材の委託販売によつて得た売上金中磯に引渡すべき分の前渡金であつて、磯はそれを以て他から原木を購入、製材して原告に送付する約定だつたのである。その後、磯は約旨に従い右前渡金を以て他から原木を購入製材して原告に送付したが、その送付量が約定した量に達しなかつたのと、更に前途金の追加交付を受けたのとで同年七月二十三日における前渡金残額は百二万千五百四十四円になつた。そこで、原告の申入により同日原被告間に原告主張のごとき債務弁済、本件土地に対する抵当権の設定及び代物弁済の予約に関する契約が成立したのである。なお、その弁済方法は、従前通り磯の送付する木材を原告がせり売して得た売上金から諸経費を差引いた残金を以てこれに充当する約定である。

而して、抗弁としてつぎのとおり述べた。

(1)  本件土地の代物弁済の予約は公序良俗に反する事項を目的とする無効の法律行為である。すなわち本件土地の昭和三十一年七月二十三日当時の価格は二百万円以上である。然るに被告が原告と磯との間の前記木材の委託販売に関する取引に関係した結果、無経験のため、軽卒にも原告の言の儘に、自己の安息場所である本件土地を時価の僅か半額にあたる百二万余円の債務の代物弁済に提供することを約したものであるから本件代物弁済に関する契約は公序良俗に反する事項を目的とする無効の法律行為というべきである。されば原告はそれに基いて代物弁済予約の完結権を取得するに由なきものといわなければならない。

(2)  仮に、右抗弁が容れられないとしても、つぎの事由により、原告は本件代物弁済の予約完結権を失つたから、原告主張の予約完結の意思表示は効力を生じない。本件抵当権の被担保債権は前述のように磯より送付する木材の売上金を以て精算する趣旨のものであるところ、つぎのように、昭和三十一年八月十六日から同年九月十六日迄の間に、磯の送付した木材の売上金中三十七万四千二百八十円が右債務の一部弁済に充当された。

(イ)、昭和三十一年八月十六日の精算

送材売上金三十二万九千百十四円

諸経費 七万五千五百十九円

差引弁済充当金二十五万三千五百九十五円

(ロ)、同年八月二十六日の精算

送付売上金十五万四千四百九十四円

諸経費 三万九千九百二十円

差引弁済充当金十一万四千五百七十四円

なお、この日金十一円の事故減額金あり前途金に加算

(ハ)、同年九月六日の精算

送材売上金四千三百二十円

諸経費 三百四十六円

差引弁済充当金三千九百七十四円

(ニ)、同年九月十六日の精算

送材売上金二千三百二十三円

諸経費 百八十六円

差引弁済金二千百三十七円

従つて、本件土地に設定された抵当権の被担保債務は設定後三十七万四千二百八十円の弁済があり、その限度で消滅したものといわなければならない。然るところ、本件土地の代物弁済の予約は抵当権の被担保債務たる百二万千五百四十四円の債務全額の弁済に代るものであつて債権中の相当額が弁済によつて消滅した場合には原告は予約完結権を失う趣旨のものであるから原告の予約完結権は右一部弁済によつて消滅した。それ故、原告の主張はこの点において失当である。

(3)  仮に、以上いずれの抗弁も採用されず、本件土地の所有権が原告に移転したとしても、つぎの理由によつて本訴請求中別紙目録記載の建物を収去して本件土地の明渡を求める部分は失当である。原告は本件土地につきその主張の債権担保のために抵当権の設定を受けながらさらに本件代物弁済の予約を要求したのは一に被担保債務不履行の場合に、抵当権実行による競売のほか、これに代わる方法として予約完結の意思表示のみによつて本件土地の所有権を取得しうる途を講じたものである。而して、原告が収去を求めている本件建物は被告の所有であり、その保存登記がなされたのは昭和二十九年五月十二日であるから民法第三百八十八条を準用し本件土地の代物弁済に関し建物所有者たる被告のために地上権を設定したものとみなされるべきである。仮に、原告が本件土地の所有権を取得した原因が競売でないから民法第三百八十八条の準用がないとしても昭和三十一年七月二十三日当時本件土地上に被告所有の本件建物が存在し、その保存登記がなされていたことは原告の熟知していたところであつて、かかる場合には本件土地所有権が移転した場合のために予め暗黙に本件土地に地上権を設定したものとみるべきである。

証拠として、乙第一乃至第十四号証を提出し、証人磯全亮の証言、被告本人尋問の結果並びに鑑定人田辺晃の鑑定の結果を援用し、甲第一乃至第八号証は成立を認める。その余の同号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、成立に争のない乙第十一号証、証人磯全亮、小沢和雄(一部)及び島本周吉の各証言並びに原告代表者尋問の結果(一部)を綜合すれば、昭和三十一年四月、原告と訴外磯全亮及び被告との間に、磯及び被告が原告に木材を木材市場でせり売することを委託する趣旨の委託販売契約が成立したが、それとともに、原告が磯及び被告に対し、その原木購入資金として、全百万円を、右委託販売によつて得た売上金を以て弁済に充当する方法により返済する約定で貸しつけた事実及びその後原告がさらに追加して金員を貸しつけた事実が認められ、右認定を妨げるべき証拠がない。而して昭和三十一年七月二十三日当時の貸金残額が百二万千五百四十四円になつたのに磯からの送材がはかばかしくなかつたので同月二十三日原告の求めにより、原告と被告との間に右貸金債権を一口に纒め、利息を日歩二銭六厘、返済期を同年八月十五日と定めたことは当事者間に争がなく、成立に争いのない乙第一乃至第十号証、証人磯全亮の証言並びに被告本人尋問の結果によれば、その弁済方法については従前どおりとする趣旨であつたことが認められる。しかし、その際、磯と被告との共同債務を被告の単独債務に改めたとの原告主張事実を認めるべき証拠がない。而して、同日被告は右貸金債権担保のために被告所有の本件土地に抵当権を設定し、かつ、その被担保債務をその返済期たる八月十五日迄に返済しないときは原告の予約完結の意思表示により本件土地の所有権を原告に移転する趣旨の代物弁済の予約を締結し翌二十四日横浜地方法務局磯子出張所において、右抵当権設定登記とともに代物弁済に関し受付第三五七六号を以て所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと及び同年八月十五日迄に前記貸金債権が返済されていないことは当事者間に争がない。

二、よつて、被告主張の(1) の本件代物弁済の予約が公序良俗に反する事項を目的とする無効の法律行為であるとの抗弁について按ずるに、昭和三十一年七月二十三日当時の本件土地の時価が二百万円以上であることを認めるべき証拠がない。却つて、鑑定人田辺晃の鑑定の結果によれば、当時の本件土地の価格は地上に建物が現存するものとして七十三万五千二百八十円、更地として百四十七万五百六十円であることが認められるので、仮に被告がこれを代物弁済の目的に供することを約したのが被告の無経験、軽卒等に由来するとしても、そのことから直に本件代物弁済の予約が公序良俗に反する事項を目的とする法律行為であるということはできない。

三、そこで、進んで被告主張の(2) の代物弁済予約完結権消滅の抗弁について按ずるに、昭和三十一年八月十六日から翌九月十六日迄の間に原告が磯から送られてきた木材を木材市場でせり売して得た売上金から純経費を差引いた残額を以て被告等に対する金銭債権の弁済に充当し、その額が合計三十七万四千二百八十円に達したことは当事者間に争がない。よつてそれが充当された金銭債権について按ずるに前掲乙第一乃至第十号証、証人磯全亮及び染谷栄久(一部)の各証言並びに被告本人尋問の結果を綜合すれば、磯は右木材を原告に送付する際に、その売上金が抵当権の被担保債権たる百二万千五百四十四円の貸金債権の一部弁済に充当されるものと考えていたし、原告も帳簿上右売上金が右貸金債権の一部弁済に充当されたものとして処理し、磯にもその都度その旨の仕切精算書を送付していた事実が認められるので前記三十七万四千二百八十円の売上金は本件抵当権の被担保債権の一部弁済に充当されたものとみなければならない。尤も成立に争のない甲第四号証、証人小沢和雄の証言並びに原告代表者尋問の結果(いずれも供述の一部)によれば、昭和三十一年六月十九日原告が磯の申入によつて同人に宮崎県下の小林営林署で公売することになつていた原木の落札資金融通のために額面合計百万円の約束手形三通(額面三十万円のもの二通、同四十万円のもの一通)を交付した。ところが、同人が原木を落札しなかつたので同人はこれを原告に返還すべきであるのにそのうちの額面四十万円の手形一通を返還したのみで他の額面三十万円の手形二通を返還しなかつたところ、被告は、本件代物弁済の予約を結んだ頃、原告に対して磯に交渉して翌八月十五日頃迄に右二通の約束手形を取戻して原告に返還するか、または、磯をして原告宛に委託販売用の木材を送付せしめ、その売上金を以て解決するかそのうちのいずれかの処置をとるべく、若し同日までにそのいずれの処置をもとらないときは原告において右二通の手形につき事故手形としての手続をとつても異議がなく、かつ、それによつて原告の被つた損害は被告が賠償すべきことの申入をした事実及び八月十五日迄に右二通の手形は原告に返還されなかつた(うち一通は本訴提起後原告に返還された)事実が認められる。けれども、同事実から直にその後磯から送付された木材の売上金が本件抵当権の被担保債権の弁済に充当されるべきでなくして右手形の解決に廻されなければならないという筋合にはならないし、また、そのような精算方法によるべき合意があつたことを肯認すべき証拠もない。尤も証人小沢和雄及び染谷栄久の各証言中には、磯から送付された木材の売上金を以て前記手形の解決に廻す旨の合意が原告と被告との間に成立していた旨の供述部分があるけれども同供述部分は証人磯全亮の証言並びに被告本人尋問の結果に対比してたやすく信用できない。してみれば、その後磯から送付された木材の売上金を前述のように抵当権の被担保債権に充当したからといつてその充当が無効であるとすることはできない。また、証人染谷栄久の証言により原告の帳簿であることが認められる甲第九号証の一乃至三には前記売上金三十七万四千二百八十円が六十万円の手形による貸金債権の一部弁済に充当されたように記載されているけれども、証人染谷栄久の証言並びに前掲乙第一乃至第十号証によれば、右の記載がなされたのは、磯から送付された木材をせり売してその売上金を精算した当時には、その売上金はいずれも抵当権の被担保債権たる百二万千五百四十四円の賃金債権の一部弁済に充当された旨、記入しておいたのを、後日原告代表者松野鎌吉の言によつてこれを廃棄し、改めて前記のように記入したものであることが認められるからその記載内容は信用できず、他に以上の認定を覆えすに足りる証拠がない。してみれば、本件抵当権の被担保債権は三十七万四千二百八十円の限度で消滅したものといわなければならない。よつて、おもうに、本件のように確定額の債権担保のために不動産に抵当権を設定するとともに、債権者の選択により、債権全額の弁済に代えてその不動産の所有権を債権者に移転する趣旨の代物弁済一方の予約を締結する場合には、特段の事情がない限り、当事者の意思は、後日、被担保債権中の相当の額、すなわち、その残額だけでは当事者が代物弁済契約をしないであろうと思われるような額が弁済によつて消滅したときは、債権者は代物弁済予約完結権を失い抵当権の実行のみを以て満足する趣旨と解するを相当とする。然るに本件においてはこの点において特段の事情を認めるべき証拠がなく、また、弁済額も相当な額になつているから原告は代物弁済予約完結権を失つたものとしなければならない。以上考察したところによれば、原告が、本件訴状送達の日である、昭和三十一年九月十八日当時代物弁済予約完結権を有していたことを前提とする原告の本訴請求はその他の争点について判断する迄もなく失当であることが明かである。

四、よつて原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田実)

目録

横浜市磯子区磯子町字間坂千百三十四番の三九

一、宅地 百八十三坪八合二勺

同所同番所在

家屋番号 一八九〇番

一、木造瓦葺平屋居宅

建坪 二十坪

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